ベジタリアンが菜食をやめたら健康的になったというブログが話題になっているようです。
僕も菜食主義は実は体に良くないと思います。
その理由を考えてみました。
1、栄養が偏る。
「野菜は体にいいのでたくさん摂った方がいい」
これは誰しも共通認識としてあるはずですが、しかしそれは肉も食べている人の場合です。
野菜だけでは摂取できない栄養が肉には含まれているので、野菜だけでは栄養が偏ってしまいます。
肉がおいしいから食べ過ぎてしまうという人々に対して「野菜を摂った方がいい」という言葉が成り立ちます。
本来は「どちらもバランス良く食べましょう」という意味です。
なぜなら人間はそもそも雑食動物なのです。
2、ストレスがかかる。
菜食主義者の中で「動物がかわいそう」という理由で肉食をやめた人は特に不健康になりやすいと思います。
なぜならこの世はそういった人々にとって、とても生きにくい世界なのです。
街を歩けば肉を使ったメニューを売りにするレストランがあり、テレビでは美味しそうに肉を紹介する番組が放送されています。
自分だけ食べなければいいやという人はまだマシですが「肉食は間違っている!」という主張を持った人はここからさらに追い込まれます。
その主張を声高に叫び他人にも強制しようとする団体がありますが、その主張は決して受け入れられることはありません。
それは以前書いた「宗教批判は無意味」にも通じることで、他人の考えを間違ったものとみなし世直ししようとすると絶対に対立が起こり失敗します。
そんなことをすると「なんかあいつらあぶねーな」と周囲から近寄りがたい存在になってしまいます。
自分の行動が招いた結果にもかかわらず「世の中の人間はなんて残酷なんだ、間違っている」という考えに陥り日々怒りを感じながら生活することはストレスとなって心身ともに健康を蝕んでいきます。
さらに彼らの日々の食事は動物の命を奪わない為に野菜を食べているということが逆に、常に動物の命を意識させてしまうということになります。
他人の食事にも自分の食事にも罪悪感や怒りを感じながら生きてしまっては心穏やかになれるはずがありません。
菜食「主義」であることが不健康にさせてしまうのです。
心の偏りが身体に影響してしまうわけですね。
はい以上!
これは「筋トレがうつ病に効く理由」の時のように仏教をヒントに僕が勝手に考えた理由です。
ちなみに僕は上座部仏教徒なのですが、仏教において結構誤解されているかもしれない点もご紹介しておきたいと思います。
1、ブッダは菜食主義者ではない。
「肉を食うなんてあいつはナマグサ坊主だぜ」なんて言葉もありますが、ブッダやその弟子たちは肉も食べていたそうです。
布施の食事に文句を言える立場ではないので、もらった物に肉が入っていても食べたそうです。(しかしいくつかルールはあり)
仏教が肉食禁止になったのは中国へ伝わり宗教(大乗仏教)になってからなんです。
肉体は命がなければただの物質というかなりドライな考え方をしており、食事により心を汚してはならないとも言っています。
それが今回の記事の考察につながりました。
2、仏教は宗教ではない
宗教になってしまった大乗仏教が広まっている日本でこのことを受け入れるのはかなり難しいかもしれませんが、本来の仏教は宗教とは根本的に違います。
「超越的な存在」「奇跡の力」「信じていれば救われる」といった非論理的なことを全て否定しています。
自分を幸せにできるのは自分しかないという結構厳しい教えです。
興味があれば「上座部仏教」「テーラワーダ仏教」を調べてみてください。
宗教嫌いな人ほどおすすめです。
僕はそうでした。