今年2018年は3月21日が春分の日で休みでした。
それをきっかけに水曜休みの快適さに注目が集まっているようです。
仕事が2日の単位に区切られるので確かに楽になります。
でも問題はそれを求める人たちの意識ですね。
休むのはいいと思います。
ただそれを政府、会社が取り決めるべきだと言っているのです。
それは自分の人生を他人に委ねた考えでしかありません。
休みたいなら自分で水曜休みにしたらいいではないですか。
定期的に水曜に休めるだけの有給はあるはずです。
と言ってもこれまた他人のせいにして休めない理由を挙げるのです。
会社が許可しない、休みづらい、なんやかんやとね。
それは結局自分が決断しているということを理解しなくてはなりません。
上司や会社に休みを取ることを拒否されたとしても労働者は当然の権利として休みを取ることができます。
だから法律を盾に押し通せばいいし、休めるように仕事をバリバリとこなせるようになればいいだけなのです。
そうしてもダメな会社なら転職すればいいのです。
それをしないのは面倒だからやめておこうと「自分で決めている」からなのです。
それを理解せずに他人のせいにして恨みつらみを貯めて自分の人生をつまらなくしてしまっている人が多いと思います。
また水曜休みが当たり前になったらそれに慣れて、また休みが欲しいなんて言い出すでしょう。
変えるべきは社会ではなくまず自分ということです。